北海道の厳しい自然の中で、温泉宿を維持していくのは並大抵のことではありません。
ゲストである私たちには、それを応援していく気持ちが必要かもしれません。
リノベーションの末、復活
大雪山国立公園の東端に位置する1911年開湯の秘湯、然別峡かんの温泉は、長期にわたり休業状態にありました。
施設の老朽化、利用者減、前オーナーの体調不良により2008年に営業を休止、2011年には運営会社が倒産。
地元で電気設備工事などを手掛ける勝海電気(株)が買収し、その関連会社たる(株)鹿追ホットスプリングスにより6年の歳月を経て復活にこぎ着けたのが、2014年のことです。
営業再開にあたって、右手前の温泉棟は浴室の一部を除き解体されてほぼ新造。
宿泊棟の旧館は解体されて道路となり、本館は左奥のようにリノベーションされ「こもれび荘」として健在です。
温泉棟の手前側は再開当初、きれいな階段になっていましたが、2016年の台風10号に伴う土石流で被災した影響でしょうか、荒れたままになっています。
こもれび荘の標準的な客室です。
BS・CS放送を視聴でき、シティホテルのように快適な客室に秘湯の宿の風情はありませんが、右奥のペレット・ストーブが目を引きます。
イコロ・ボッカの湯
貸切露天風呂を除き、保健所の許可が下りないため混浴は存在せず、浴室は男女別(温泉棟内の「イナンクル」または「ウヌカル」)になっています。
これらは日替わりで供用され、男女が20時で入れ替わるため、全ての泉質を楽しむには宿泊するのがおすすめです。
多くの自家源泉を保有するかんの温泉は、ほぼ全ての浴槽で異なる源泉を使用するため、温泉ファンは寝る間も惜しんで湯めぐりに勤しむことになります。
イナンクルに当たった日は、こもれび荘内の「イコロ・ボッカの湯」も利用できます。
イコロ・ボッカは施設唯一の足元湧出の温泉で、岩垣の下からポコポコと気泡を伴いながら源泉が噴き出しているのが分かります。
5号源泉が使用され、泉温は56℃(以下、泉温は温泉成分書の記載より)。
夏季は湯温が上がりすぎるため左手に見える熱交換器を設置していますが、それにより加水することなく源泉かけ流しを保っています。
前オーナー時代から存在する大きな岩風呂は、リノベーションにより壁が取り払われ開放的な半露天になっています。
イコロ・ボッカに入らずしてかんの温泉は語れない、紛れもない名湯です。
イナンクルへ潜入
温泉棟の小さい方の浴室はイナンクルと名付けられ、半露天風呂が併設されています。
右手前が4号・11号源泉を混合した「イナンクルアンナ―の湯」で泉温49℃。
左奥が1号源泉を使用した「イナンクルアンノーの湯」で泉温52℃。
イナンクルアンノーは大きな窓に面し、湯の花の舞う美しいグリーンの湯を堪能することができます。
半露天風呂のスペースには、右手に「春鹿呼(しゅんろくこ)の湯」、左手に「秋鹿鳴(しゅうろくめい)の湯」があります。
春鹿呼の湯は8号源泉を使用して泉温45℃。
金気臭の強いぬるめの湯になっていました。
秋鹿鳴の湯はイナンクルアンノーの湯と同じ源泉を使用しているはずですが、訪問時は豪雨被害の影響で湯が張られていませんでした。
ウヌカルを堪能
温泉棟の大きい方の浴室はウヌカルと名付けられ、内風呂のみの構成です。
右手前が10号・12号源泉の混合である「ウヌカルアンナ―の湯」で、泉温46℃。
左奥が5号源泉を使用した「ウヌカルアンノーの湯」で、泉温56℃。
浴槽への投入量は絞られていましたが、アツアツ。
浴室はキレイで、どこぞの雰囲気の良いスーパー銭湯かと見まごうほどですが、浴槽の縁や床には温泉成分が析出し始めており、年月を重ねるとともに凄みを増していくことでしょう。


そこが前オーナー時代の浴室の雰囲気が多く残る「波切(なみきり)の湯」になっています。
手前が3号源泉を使用した波切の湯で、泉温50℃のにごり湯。
5月頃より湯温が上がりすぎるため四角い熱交換器が投入されていますが、それにより加水することなくかけ流しを保っています。
奥が7号源泉を使用した「シロカニペ(銀のしずく)の湯」で、泉温42℃。
一人入ればいっぱいのサイズの小さな浴槽で、湯の鮮度の高さが際立っています。
波切の湯から湯口の向こうに、元来た方向の階段を見上げます。
その右手に別の階段があり、それを伝って温泉水が流れ落ちています。
そこに2号源泉を使用した「コンカニペ(金のしずく)の湯」があり、泉温48℃。
二人入ればいっぱいのサイズの浴槽で、源泉は岩垣の上から打たせ湯のごとく注がれています。
幾稲鳴滝(いねなるたき)の湯
宿泊者・日帰り客ともに、追加料金1,000円で30分の貸切ができるのが「幾稲鳴滝の湯」です。
前オーナー時代から引き継いだイチイの木をくり抜いた露天風呂の中で、ぬるめの源泉と高温の源泉が混合されています。
熊でも出てきそうな荒々しい自然を感じられるのが、この露天風呂の魅力。
滝を間近に眺めながら、豪雨ともなれば大変な立地だな……としみじみ思いました。
いつまた自然災害に遭っても不思議ではない辺境の地で事業再開にこぎ着け、見事なリノベーションを施した新オーナーと、携帯電話も通じない不便さの中で笑顔で働く従業員の方々の志には、頭が下がる思いです。
一方、志だけではこの湯を守り抜くことはできず、事業として利益を確保していくことが大前提であることは言うまでもありません。
開湯100年を超える当地は特例的に国有林の中で営業しているため、前事業者の休業・倒産に伴って国からの使用期限がひとたび失効すれば、存続そのものが認可されない恐れがありました。
私たちがゲストとしてかんの温泉を訪れるとき、すんでのところで秘湯の歴史をつなぎ、維持しているオーナーと従業員を応援する気持ちを忘れてはなりません。